「あるがまま」とは~自然の風景より~

わたしの目に写る情景。

何一つとして同じものは ない。
目に写る情景すべてが

「そのまま」

「あるがまま」

「すべては完璧」

わたしに体感として伝えてくれる。

……

誰かがどうかしかものでないのに
自然とそこにあって成り立っていて

誰かがどうにかしたものが
自然とそこにあって成り立っていて

誰かがどうにかしても
その形ではない別の形で成り立っていて

何をどうにかしようと
何ををどうにかしなくても

ぜーーーーーんぶ

それで いい。

って、思えちゃう。

…………

雲ひとつないすみわたる青の空

もこもこ雲

みずたまりに映り込む空と草木

透き通る水色

曲がり 絡み 共存する幹

折れてもなお生きる木

光と影

満ちているお月さま

欠けているお月さま

雲にかくれんぼするお月さま

朝もやで満ちる池

もやを纏う山々

赤く焼けた岩肌

………

自然の景色を見ていると思う。

同じ形・大きさ・色

全く同じものなど、ひとつもない、

毎日 あるものも 毎日 同じでない。

いや、一瞬たりとも同じではない。

せめて ほんの少しとどまっていてほしくても

何も待ってはくれない。

しかし。

とどまり待ってはくれないが

また巡る。

循環。つながり。

それが どんな形で巡ってきてくれるのか。

そこに われわれ人間が どう生きるか 何をしてきたか

結果として大きく問われる部分なのだろうね。

………

それぞれ違って。

似ていて。似ていても違っていて。
同じ種類でも違っていて。
ほとんど一緒に見えてもどこかは違って

丸い方が良い?
四角い方が正しい?
三角が普通?

みんな それでいい。

ただ、そこに 意味付けをするのは 自分。

いいとかわるいとか、好きとかきらいとか。

ただ、それだけの事。

……

「そのまま」とは

何も変わらない事、
ではない。

空は一瞬で色が移り変わり

雲の形は 見る間に流れ

肌に風を感じるのも 動きがあるからだ。

世の中、ありとあらゆる「もの」は移り変わる。
循環。

それが目に見えるか見えないか、
感じるか感じないか、
それだけのこと。

変わっても変わらなくても
変えようとしても変えようとしなくても

それもふくめて、
あるがまま。

形あるものは移り変わる
生まれ 生きる 命があれば
いずれ終わりがくる。

しかし。始まりと終わりとは 狭義の意。
すべて循環として見れば

そもそも始まりなんかなくて
つまりは 終わりもない。

すべては不完全であり完全。
循環とはその不完全と完全が同時に移り変わり続ける事。

空の青も 雲の形も 空気の温度も
すべては移り変わるけれど
「終わり」はない。
終わりがないものは 始まりも ない。

すべては「あり続ける」。
移り変わる。それだけ。

………

一瞬一瞬が 完璧。
すべては そのままで いい。

しかし そのままでよくない理由がある。

個人の都合、好み。
それもあって いい。
それがあるからこそ
「じゃあ 自分はどうしたい」
「これから、今から、何をするか」
が出てくるから。

……

人は。

自然を守りたい。

そういいながら自然を壊す。
自然を守るために 壊すこと・汚すことだって ある。

以前のわたしは、そこに矛盾を感じていた。

しかし今はこう思う。
それすらも自然なのかもしれない、と。

天災と呼ばれる津波や地震だって、

からだの中の細胞ひとつ見たってそう。

古いものを壊すからこそ
新しいものが生み出される。

生きるためには 命を食す。

自分が生きるためには 殺める命がある。

壊すも汚すも殺すも

それすら生き物・自然からみればバランスをとっているだけ。

ただ。

わたしたちは やみくもに 自然の法則から踏み外れる事がある。

だからこそ 体験し 感じ 考え 行動を選んでいく必要がある。

「自分はどうする?どう生きる?」

わたしたちは、生き方を選ぶことができる。

……

「自然」
わたしたちは いわゆる 自然の中で生きている。

狭義では山や森、海を「自然」と呼ぶだろう。

自然とはなんぞ。

わたしたち 人間も 自然の一部。

それを思い出すだけ。

小難しい事を長々並べたけれど
単に撮った写真を見せたいだけの記事。
( ・∀・)

コメント

  1. kenya.o より:

    東さん、こんにちは。サーフしててたまたまこのブログみました。私はIT系の職業で全然違いますが、仰っている事とか共感できるし凄く勉強になります。普段snsとか全くしないんですが、なんか魅かれます笑 ブクマしたので もっと更新してください!