あなたの からだ・こころ・人生 はあなたのもの

「生理がちゃんと来ないんです。なんでなんですかね?」
「そうそう、からだ冷えてます。何したらいいですか?」
「これって薬を飲み続けていいですか?やめた方がいいですか?」
「〇〇したいんですけど、どうやったらいいですか?」

わたしは 時折 こういう相談を受ける事があってね。

今回は そういう話になった時に
わたしが感じる事やお返事する内容について。

◆ 「お医者さんなんだ、看護師さんなんだ」 それだけでつい健康相談しちゃう人、
健康相談されて張り切って答えちゃう人へ。

「お医者さんなんだ、看護師さんなんだ」 それだけでつい健康相談しちゃう人、 健康相談されて張り切って答えちゃう人へ。
わたしが「看護師」である、という事だけで、 突如 「健康相談」をもちかけられる事がある。 (医者とか占い系はもっと多いはず。) こういう話かけててくるのは、 親しい人よりも、初めて知り...

まずは、ちょっと前の記事だがここに書いた事。
「これってどうしたらいいですかね~?」
つまりは、こういう質問・投げかけを受ける事は少なくない。

もちろん、簡単には伝えれる事もあるのだがね、
わたしはいきなり「〇〇したらどうですか」と安易に答えは出せない。

あなたがどんな体質で、今どんな状態で、
それはどんな理由があってそうなっているのか。
それがわからないのに 「〇〇の症状には□□がいい」という返答。
結局それは 当てはめにしかならない。

いわば、あなたがわたしにそう質問してきたのって、
それまで誰かに質問をしてきて 納得できていない部分があるからだよね。

でね。
その質問が出て、それに端的にアドバイスをくれる人が出るならば。
その質問に 本当求めている答えには届かないかもしれない。

フォーカスするポイントは実はそこではない。
わたしが伝える時は、まずは質問の答えからちょっと外れる事になる。

◆ 質問内容は ダミー

質問・お問い合わせ内容は たいてい「ダミー」である事。

わたしが色々お話を伺う中で感じる事。
ちょっと掘り下げると、やっぱりつながるのは
生き方・在り方の話。

だからわたしが語ると長くなるよ(笑)

◆生き方・あり方の話で 伝えたい事。

ここで、わたしに

ひとつは
「自分」を自分で見てこなかった、感じてこなかった事。

ひとつは。
答え・判断・決断・責任を
「誰か」に委ねてきた、という事。

◆ あなたのからだの感覚、本当の答えは あなたしかわからない

極端な例を挙げるとね。

あなたが ぎゅぅぅ~~っと強く腕をつままれてね。
「これって わたし 痛いですか?」
「わたし、どうしたらいいですか?」

それを他人に訊いている、って事。

もちろん、他人からでも答えらえる範囲がある。
痛そうな表情をしている、とか
手から血がでている、とか
脂汗出てる、とか
そういうところから判断してアドバイスできる事はあるだろう。

優れた治療家、セラピストは
「治してあげている」のではない。
治すのは自分。自分が治るだけ。
治療家がやっているのは その手助け。
まずはその判断材料を的確に拾う事。
そして目の前の症状から、そもそも論・そして具体的な対処法を
実施したり わかりやすく伝える。
そこに気付かないと「治してやっている・治してもらってる」のスパイラルに入るだろう。

◆あなたの人生は あなたが選択している

ぎゅうう~とつままれて不快なら、痛いなら、やめたらいい。
やめて、と伝えてもやめてもらえないなら、逃げればいい。
下手に動くと危ないと判断したなら 静観するもよし。

たとえば そうやって選択するにも、
まずは大切な自分の「快・不快」
つまりは「感覚」が基準となるよね。

ここちよかったらそのままいるだろうし、
痛くてもまだいけるならそこにいる。
痛くなくてもイラッとするならやめちゃうだろうし。

でもね。
その自分の「快不快」「好き嫌い」
それがわからなかったら、自分で選ぶ材料が足りないよね。

だから、自分で決めれない。
どれを選べば正解なんだろう、って。

だから他人の答えを聞きたくなる。

でね。
そうなったには、もっと前、どこかに ちゃんと理由がある。
その感覚を封じられてきた・抑えてきた、そうせざるをえなかった時期がある。

・・・・・・・・・・

大事なことをもう一度。

あなたのからだは、あなたのもの。
あなたの感じた感覚・気持ちは あなたのもの。
あなたの人生は、あなたのもの。

そして。
それを認めていい。
認めた自分を「信頼」する事。

◆ 症状と薬について

たとえばね。

イライラする。
だからイライラを押さえる薬を飲んでいる。

それ自体はね、時に必要なのだ。

痛みでもイライラでもうつうつでも、
その症状が強くてどうしてもって時など、
症状をやわらげる薬に頼るのもひとつ。

でね。

たとえば「イライラする」
これには そもそもの原因があってね。
そして、その「イライラ」にも、種類や程度もあるよね。

でもね。
痛くなるとすぐに症状を抑える、それがひとつのパターンになるとね。
いつの間にか 飲み続けるのが当たり前になってしまう。
飲み続けないと こわくなる。
今飲んでいて調子がいい。今飲んでいてもちょっと調子も良くない。
だったらやめたら もっとひどくなる?
ひどくなる前に飲み続けないと・・・

・・・・・

◆ 「感じる事」に許可を。

ここで伝えたい事。

感じる事そのものに許可を出してほしい。

そして、それを出す事に許可を。

・・・・・・・

人はね、感じる生き物。

イライラするとか 嬉しいとか うつうつする とか、
心地いいものもあれば、嫌なものもある。

たとえば 嬉しい気持ち。
顔が笑顔になって
きゃははと笑い声が出て、
からだも軽やかになって、
時には誰かに聴いてほしくなって。

それって 抑えられないよね。
隠そうとしても 自然と顔がにんまりしてバレちゃったり。

それはね、イライラもうつうつも同じ。

でね。
イライラやうつうつ、って感じたくない。
人とも衝突するし。
だからなかった事にしたい。

でもね。
それを「なかった事」にはならない。
だから「感じないようにする」事や
「出てこないように抑える」事は 一時的にできる。

一時的。
そう、無かった事にはなっていない。
内に閉じ込め、ふたをする。
ふたの奥ががたがた揺れても、気付かない「ふり」もしようと思ったらできてしまう。

だがしかし・・・。

◆ 「出す」事に許可を。

入れる、出す。循環。

それもまた 生き物として大事な事。

人は、生き物は、自然は
何においてもとどまっていない。

「デトックス」という言葉なら 女性は好きな人も多いと思うけど、
言うなれば 「出る」ものは すべて 浄化ともいえる。

息を吐く、
涙、
汗、
げっぷやおなら、
排便、排尿
などなど

すべて 入ったものが 外に出る わけだ。
そしてそこには「快」を伴う。

出るものが出た時って、気持ちいい。
出るものが出ない時って、なんだか苦しい・気持ち悪いよね。

でも、日常でも「今出たら困る」ものってあるから
つい抑えちゃうこともあるよね。
でも、ずっと抑えっぱなしはできない。
ずっと抑えているうちに、今度は出したくでもでなくなってしんどくなる、なんてあるある話だろう。
でね。
こころだってそう。

イライラしたら
女子会でくっちゃべって発散もアリ、
カラオケで大絶叫するもアリ、
大自然の中ではしゃぐもアリ、

形は何だっていい。
でも、「感じる事」「出す」事に許可を。

そうするとね、たくさんの選択肢が一気に広がるし、
かつ 自分でもっと選びやすくなる。

言い換えると、そこに許可がなければ
「なかった事にする」「抑える」という選択肢しかない。
そのために、「薬」(症状を抑える:アロパシー)の選択となりやすい。
そうやって、自分で決めれない範囲の答えばかりを探し求める事になるだろう。

◆ 「出す」ために必要な事

ただね、出し方・出す場所って、大事。

たとえばお通じ。
人通りのあるアスファルトの上ではできないよね。
トイレでも扉が閉まらないところは安心できないよね。
出るものも止まっちゃう。

相談相手も。
この人に話したい・聴いてほしいという人がいれば
この人には話したくない、話せないっていう人いるよね。

また、大声出したい!って時。
静かに大事な会議をしている場所ではやっぱりできないよね。
大自然の中とか カラオケボックスとか。

つまりね。
出していい、といっても そのためは配慮も必要な事もある。
人は一人で生きていないからね。

そして なにより
自分が出してもいい、と思える安心・安全な場所。
探す、作る、そして選ぶ。

・・・・・・

イライラを出したくない人ってね。
イライラぶつけてくる人とかにうんざりしてきたからだったりする。
だから、イライラする事って、嫌だよね。
イライラしている自分も、嫌だよね。
イライラして人に当たるのも嫌だよね。
わかっていても、ついイライラして周りに当たっちゃう。
イライラしてるって、出したくないけど、やっぱりわかってほしいよね。
それならね。
出さないのではなく、人に向けて投げつけるのをやめたらいいだけ。

でもそのためにはね。
やっぱり自分への「許可」が必要。

◆「対症療法」を「根本治療」と思い込んでいる

ここで、ちょっと基本的な話を。

たとえ話をいくつか。

心臓の血管が細くなっています。
詰まっているところに手術でバイパスしましょう。
きれいにつなげました、詰まっているところはもうありません。

肝臓にがんができました。
手術で切りましょう。
再発しないようにお薬も使いましょう。
きれいに取りきれました、根治しました。

あなたの頭痛は気が上がるからです。
漢方処方します。
これは気を下すお薬です。

・・・

これをね「根治治療」と思うならば。

わたしは それは違う、とお伝えする。

手術に関しては 医療界でもこれを根治と表現するが、
それは、狭義でしかない。

こころとからだのつながりの事を散々やっている人はわかるよね。
それは根治ではない、という意味が。

フォーカスしてほしいのは、もっともっと手前。
わたしが長年感じていた事のひとつ、
「治る人と治らない人がいる」
その答えにも通ずるところなのだけど。

ここからはそもそも論。

からだがみせる「症状」は結果。
そしてこころとからだからのサイン。

生活習慣、意識や思考、行動パターン、つまりは生き方の話。

目の前に見えるは「症状」。
つまりは結果、そうなっているという状態。
そう至った「原因」があって、からだはそれに対して色々反応するわけだ。
その目の前に見えた反応に対してだけあれやこれやフォーカスする。
それがいわゆる「対症療法」。
だからね、それを続ける限り、繰り返す。

で。
「症状」というサインを出された時、自分はどうするのか。

自分のからだやこころ、生き方そのものを見つめなおす?
症状を悪者とする?
こうなったのは誰かのせい?
誰かに治してもらえばいい?

そこが治る人と治らない人、
自分の人生を歩んでる・選んでいる「感」がある人と人、
その別れ道だと思っている。

◆ からだ と こころ と たましい のつながりの話

ちなみに。
やっぱり病気・症状と生き方・考え方ってリンクする。
いわば 「〇〇の病気になる人はこんなパターン」。

そして、たましいの話までも。

ただね、ちょっとだけお伝えしておく。
特にこういう話が好きなタイプの方に。

こういう話は確かに面白いし、
自分がうまくいかない・納得いかない事に対して「理由・答え」がわかるとね、
とても救われる。

ただね。
これも 向かう方向がちょっと変わるとね
いわゆる「当てはめ・決めつけ」になりがち。

いわゆる占いでも ヒーリング系でも こういう性格・体質診断的なものってね、
面白い分、色んな方向性に引っ張られがち
老婆心ながらのご注意を。

◆自分の顔、見てる?

健康になるために
優れた治療家・セラピストを訪ねるもよし、
運動するもよし、
呼吸法・瞑想するもよし。

でもその前に してほしい事がある。

それはね。

鏡の前で 自分の顔、表情、目つき、顔色などしっかり見てほしい。

自分の肌をじっくり見て、触れてみて。

何を持って、自分は不健康だと思っている?
自分が調子いい、わるい、感じてる?
そもそも、自分をちゃんと見ている?
自分が自分を大切にしている?

言われて初めて気付く事って たくさんある。
もし、自分のからだを意識して見てなかった、触れてなったな~、
そう思った方、是非やってみて。

それに気付いたら、今度は自然と「感じる」に気付くから。

ちなみに 「感じる」が苦手な方へ。

「感じる」ってね。
「感じよう」って頑張れば頑張るほど
頭が動いて 余計わからなくなるからね。
ほっといていいよ。
そんな時程、まじまじと自分のからだを見てみて、触れてみて。
そしたら勝手に 何か感じているから。

その感覚を「認める」だけ。

◆さいごに

わたしにメッセージや直接お話聴きに来てくださる方。

どんな質問内容でも、話の方向性はたいていこっち。
なので、その場でふんふんと聞いてくれる方もいれば
過去にふんふん聴いてくれて、また時が経って来てくれる人もいれば
一回話を聴いてスルーする方もいる。

ここで どの方にも共通する答えがある。

わたしはあなたの探す答えは持っていない
決めるのは自分
すでに答えはご自身でわかっている

ただ、わたしができる事は
それを伝えて 気付いてもらうだけ、
そして、それをサポートできる人のご紹介。
それくらいかな。

こんな事を語るわたしにメッセージくださったり聴きにきてくれる、という事は
こういう事に気が付いている方・いずれは「自分」と向き合う時期の方だと感じている。
自分と向き合う準備をしたい・準備中、ちょっと後押ししてほしい、
それだけなのだ。

あとはタイミングだけ。
「今」、「もうすぐ」かもしれないし
「今でない」「もうちょっと後」、かもしれない。
そして、一旦保留・スルーなんてもの、やっぱりアリで。

答えをほしくてもがく時。
ホントはまだ答えを知りたくない時も ある。
迷っていたい時も ある。
そんな自分に気付きたくない時も ある。
それも、いい。

それを含めて、わたしは「大丈夫」だとお伝えしている。

だって、あなたはすでに あなたの人生を生きているのだから。
あなたはそんな自分を認める・信頼する。
それだけなのだ。

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