人を診るとは② ~「ものさし」について~

この記事の続き。
一続きだったのだが、長いのでちょっと分けました。

そこに「人を診る」本質はあるのか?①
からだの事、こころの事、 学べば学ぶほど、とても面白い。 興味深いタイトルの講座が沢山あって。 特にアロマや薬膳、スピ関係では、 「~のための東洋医学講座」など、 派生した講座も...

人を診る、と一口にいっても、
その「ものさし」自体が、数限りない。

わたしは、それはとても面白いと思う。

今回の話は
色々あっておもしろいね、
でも極めるのって大変だね、
かといってなにも極めても極めなくても、
という話。

(・∀・)ん?まとまってないな

ものさしの種類

ヒトの体として解剖・生理学から、
東洋医学、といっても経絡や経穴だけでもないし、
反射区がどうだ、遺伝子タイプがどうとか、
人相が、手相が、姿勢から診るもの、
血液型が、誕生日が、星座が・・・・

なんて、まだまだ上げればキリがない。
で。
それぞれは全然違うアプローチだが、
それでも結局同じ事を伝えてもらっている事に気付く。

アプローチ、角度が違うだけで、やっぱり同じものをみている。

だから、面白い。

・・・・

また、「ヒトの体」だけみるにしても
たとえば解剖生理学(肉体)と一口にいっても、

皮膚、筋・骨格系、
代謝や栄養素、消化器、
胎児、新生児~老年期、男女、
精神、内分泌、神経、細菌、血液、細胞、遺伝子、素粒子・・・・
全体的なつながりの理解も必要で、

ぎゃはーっとなるほどの範囲なのだ。

これを解剖から知っていて、
そのつながり・働きまでわかればパーフェクトだろう。
しかし、世にはどれほどいるだろうか?

(あー、わたしには無理)
(゚Д゚;)

そういう意味では、「人を診る」って、
全てにおいて一人の中で知識が必要、というわけではない。

数々ある中で、どこから紐解いても
根底が同じ場合は、
結局診ているもの・伝えている事が
リンクしていたりするもんだ。

そのひとつとて、
ホントの意味で「極める」というのは、
自分の人生丸ごと費やしても、
足りないのではないかと感じるわけで。

時にはちょっと学ぶほどに、
自分の知らなさ加減と範囲の広さにがっくりし、
余計やる気がなくなる場合もあるのだがね。

でもね、どうやらひとつを極めないといけないか、
というと、そうでもないかも、
わたしはそう思う。

人を診る。

一人の人が、どれだけ一人を深く診る事ができるといっても、
実はそれすら、一方向と分類もできる。

その人から見ての、という意味での一方向。

自分を知る材料は、
多くは人からもたらされる。
それを選ぶ・信頼するかどうかは自分次第。

伝える側は、自分のできる事をやるのみ。

◆バランスの話。

看護師をしていた時の話。

医師の指示を受け、
薬を投与する場面において感じていた事。

ざっくり2タイプに分けると。

いわゆる理論タイプと感覚タイプ。

「体重何キロあたり何mgまで投与可」と
計算や情報の分析から導き出せる人がいれば、

この人には何となくこれくらいのはず、
(過去の経験と照らし合わせて・雰囲気・勘)
というのが得意な人がいる。

実は、どちらも強みであり、
どちらも弱点である。

計算したおかげで
指示量間違いに気付く事があれば、

計算上指示量は合っているけど、
「なんとなく」の勘で立ち止まった
おかげで大事に至らずに済んだとか、

実はそれぞれある。

言い換えると、
数値だけでもなく、
勘だけでもなく、
そのバランスが大切だと言える。

◆ものさしの目盛

ものさし、と例えるならば。

さっきは種類の話。
今度は目盛・精度について語ってみよう。

その目盛の間隔が1cm?10cm感覚?1m?はたまた0・001cm単位?

ものさし、
いいかえると感度・感覚・感性の話。

繊細すぎても、
ざっくり目分量すぎても、
どんな場合でも生づらい部分ってあると思う。

繊細すぎる人は、防御として自然と鈍くする事をやってしまっている場合もある。
空気読めって言われる人は、その言われてる意味も掴めなかったりするもんだ。

そういう場合。

自分のもちまえのものさしを使いこなしていない感って、どこかに感じているんだよね。
せっかくのその精度。

できれば活かす方向でありたいもんだ。

それをとっかえよう、何とかしよう、
そうするほどに訳が分からなくなるものなんだよね。

つまりは、やっぱり自分の持ち前のものさしをいかに大切にするか。

さいごに

人とのつながりを観察するとね
結局は自然と組み合わせになっている。

自分が知らない・不得意な分野があるからこそ
得意な人とつながれたり、お願いしたりできるから。

凸と凹があるからこそつながれる。

違いがあるからこそ気付くし、

自分以外に人がいるからこそ、バランス取ろうとする。

人は、完璧でない。なのに完璧、
というのは、こういう面からでも言える事だろう。