「出生前検査」受けた方がいいのか迷っている方へ。


出生前検査の「是否・善悪」を語る内容ではありません。
しかし、関わる内容に触れますので
不快・つらいな気持ちになると想定される方は
読み進める前にお考えください。


「出生前検査」そのもののお役立ち情報ではありません。
生き方・考え方・選択についての話です。
あくまでわたしの個人的な経験から語る内容です。


わたし自身は
「自分の人生 自分ですべて選んでいる」
という概念・前提で語ります。


いつも通り語り口調で長文になっています。
ご興味のない方・お時間のない方はさらりとどうぞ。


「出生前検査ってどう思いますか?」

「〇〇症と診断されたらどうしよう?」

そのテーマで話をふられたら。

その質問に直接お答えする前に
わたしはあなたに、2つ問いかける。

その答えを知りたいのは、何のため?

「異常ありません」そう言われて安心したい為?
もし期待していない結果だったら?
「いのち」の選択。
その決断を下す覚悟はあるか。

そして、もうひとつ。

あなたは。
「この世に生まれて来てよかったですか?」

もし、自分自身が
「生まれてきてよかった」
自信を持って答えられないならば。
そう思いたくてもひっかかるものがあるならば。

検査がどうの、
その情報提供や相談の前に
わたしはその話をしたい。
「生まれてきてよかった」

心からそう言えるあなた。

そう思えている方には、
わたしから伝えるものはない。
その言葉を
是非あなたの周りの人に、
目の前の人に、
これから迎える子に、
自分自身に、
何度でも伝えてほしい。

・・・・・・

もしね。
出生前検査で「異常なし」とわかって。

「その後」、何もない・安心安全にすくすく育つ、
なんて保障はない。

だってね。

お産時とて無事とは限らない。
無事に生まれたからとて
一生元気に育つとも限らない。

生まれて初めてわかる病気だってごまんとある。

大きくなってきて発症するものだってある。

途中で大きな怪我や事故だって誰にでも起こりうる。

なんなら、自分とて明日五体満足
生きてる保障なんてできない。

生まれてしばらくして、大きな障害があるとわかったら?
徐々に不自由が出てくる病気だとわかったら?

もしそうなった場合。
その都度「命の選択」をするのだろうか?

・・・・・

わたしたちは
「無条件」の愛のもと、生まれてくる。

しかし。

気が付けば、
いつの間にか「条件」付けに必死だ。

幸せになるための条件・・・?

どんな相手と一緒になると幸せなの?
自分がどうなれば愛されるの?
何を頑張ったら褒めてもらえるの?
褒めてもらえないのは認めてもらえない?

もっと〇〇だったら、~~なれるかも
~~になるためには、〇〇しなければ

あなた自身は、
「自分を大切にされてきた」
そう感じて生きているだろうか。

もし、そこになにかひっかかる
想いを感じたなら。

これから来てくれるであろう、
もしくはすでに宿しているであろう
赤ちゃんのいのち・条件を考える前に。

「自分自身」と向き合う時なのでは
ないだろうか。

「条件」についてはこちらの記事も
ご参照いただきたい

「いい子に育ってほしい」と願う親御さんへ。「いい子でいよう」と頑張ってきた方へ。
「いい子に育ってほしい。」 子どもはね。 「みんな いい子」。 大人が 「いい子に育てよう」 としなくても 初めから みんな、いい子。 ...

・・・・・・

でね。

たとえ、順調なスタートダッシュが
きれたとして。

誰しも最初から最後まで順風満帆な
人生を送っていると思う?
あなたはどう?
微塵たりとも苦労はしていないの?
自分が苦労した分、苦労させたくないから?

わたしは、これまで出逢った人の中で、
また本やテレビの世界の中の人でさえ、
全く山・波・谷がない人生を歩んできた人を
知らない。

たとえ一見恵まれてる・順風満帆に見える人だって、
苦労がない、のではない。
むしろ、遥か遠い昔から
人間の生きづらさやテーマは普遍的だからこそ
宗教や哲学や芸術や、何ぞ色々あるんじゃないのかな。

でもね。
過去、色々あったけど乗り越えて今は幸せ。
そういう方ならたくさん出逢ってきた。

しないで済むならわざわざ経験
しなくていい苦労はある。
しかし。
それを含め、今の自分がある。
そう受け止めている人々は、
その経験した自分への否定はない。

・・・・・・・・

大切な事を伝えておきたい。

検査をすることを選び、
いのちを諦める選択がよぎった・決断した、
そういう場合でも。

その選択そのものに「いい・悪い」は
本来はない、という事。

そこに価値を付けるのは、受け取り側
それぞれの話。

いのちについて真剣に考える機会があるとね。
こういう時どうしよう。
様々なシュミレーションをするよね。

その時。

自分自身の気持ちや、
選択しようとしたものに対して
自分が一番驚き、恐れる事もあるだろう。

わたしはなんて残酷なんだろう、
自分の事しか考えていない人間なのか、
イメージと、実際にその立場になったら違う、
・・・。

でもね。それでもまずは
選んだ自分の「気持ち」を、
しっかり感じてみてほしい。

そうしたら。
その時の自分が、なぜその気持ちを抱いたのか、
何を大切にしているからなのか、
それに気付く事ができる。

ひとつの事を選ぶ事・選ばない事。
その背景をみれば、その時の自分に
とって大切な事・優先順位に気付くだろう。

ああ、わたしにとって、今はこっちが
大切だったから選べなかったんだな。
真剣に考えたからこそ、そう決断したんだな。
まずは気付く事から。

・・・・・

「決めるならまだ早いうちがいい」

「早くわかってよかった」

「生まれてからではかわいそう」

「また次の子をちゃんと産めばいいよ」

「まだ若いから次があるし大丈夫」

・・・

気持ちの切り替え・励まし。

こう言葉がけする気持ちも、わからなくはない。
まだ、お腹の中にいる時ならば。
完全に器官が出来上がっていない時ならば。

今のうちなら、まだかわいそうではない。
からだもこころもダメージが最小限な時に。

でもね。
「いのち」って、どこからはじまるの?
この世に産み落とされてから?
胎児として完成してから?
受精してから?
着床から?
では、精子と卵子は生きていないの??
細胞ひとつひとつ、生きている。

これぞ人の神秘でもあるのだけど。

こういう場面で考える
「いのちの始まり」とは、本来の意味ではなく
どこまでなら自分が罪悪感を感じにくいか。
その部分ってとても大きいような気もする。

また。
そういう言葉がけを受け取る方へ。

それがその人の優しさだとわかっていても。
時には深く突き刺さる事もあるだろう。

気持ちを切り替えよう、納得させようと
頑張ってしまうかもしれない。

人の気持ちもわからないくせに、
そう怒りが沸くかもしれない。

そんな時。
自分自身を大切にする・守る事を優先してほしい。

受け取りたくない言葉は
聞き流す、スルーしていいのだ。

その言葉はつらいからやめてほしい、
気持ちを伝えていいのだ。

切り替えようとしてもダメだった、
まずは今の気持ちをそのまま大切に。

今は一人でいたい。
それも必要な時間。

ただ話を聴いてほしい、
その相手はしっかり選んでね。

・・・・・

わたしが伝えたいのは
いのちとは・いきるとはなんぞの話。

出生前検査の是否を語る内容ではない。

実際、染色体異常でお生まれになった
お子さんと、そのご家族に関わる機会は
少なくない立場。
時には、その検査の必要性を感じる場合とてある。

ここで伝えたいのは。
その検査するしない、
それとてひとつの「方法論」であって
目的・すべてではない、という事。

もちろん、必要な情報収集や、
具体的なイメージは大切。

でもね。
予期される不安に対してのシュミレーション
しすぎるのはおすすめしない。

必死で情報を探して、
〇〇な結果だったらどう決断しよう、
今はこう思うけど、実際そうなったらどうしよう、
理想と現実は違うはずだし・・・

そこばかりがループする事があるだろう。

それはね。
「結果を期待」ありきの行動の選択だから。

順番は、逆なんだ。
今、その場その場での選択・選択した自分に
信頼があるのなら。

自分が行動・選択できる範囲は自分でして
あとの結果は、委ねるのみ。

その結果がわかった時点で、
また新たに向き合うものが変わるだけ。

その時、そうなったら決めたらいい事を、決めるのみ。

シュミレーションに時間を費やし続けるという事は、
今やる選択と、
今やらなくていい・今できない選択も含めて
ごっちゃになっているから。
そんな状態で考え続けたって
いつまでたっても何も決められない。
疲れてしまうから。
頭の中でシュミレーションはね、
シュミレーション以外に他ならない。

もし、そのループにハマっていると気付いた時は。
視点をちょっと変えてみてほしい。
考える順番をちょっとだけ変えてほしい。

・・・・・・

染色体異常、というのも色々あってね。

生まれてから・もしくは生まれる事すら難しい子もいれば
命に別状はない、簡単な手術を施せば元気に過ごせる子もいる。
ある程度日常生活をつつがなく送れる子もいれば
相当のサポートが必要な場合だってある。

たとえほんのわずかのいのちでも、
だからこそ自分の腕に抱きたい・
顔を見たいと願う方もいれば。

「普通の子じゃない」ならば
「いらない」というケースも、やっぱりあった。

こういう場を選んでくる子ども達。
何かしらの「メッセージ」を持ってくる。

それを知ったのは最近の事だけどね、
それを知らない頃に経験した事は、
今、すべてつながってる。

こういう現場ではね、何が大切かって
やっぱり家族関係。
それが如実にあらわになるのだ。

日常生活の中でみると非常事態なわけだ。

考える事・入ってくる情報は山のごとし。
決断しないわけにはいかない。
話しあいをしないわけにはいかない。
追い詰められる精神状態。
現実的なお金や時間の事。
見通す先への不安。などなど

言い換えると
繕うものが剝がされる場。

これまでの関係性、揺さぶられないわけがない。

これを機に、
より絆が深まる場合もあれば
その逆もある。

それがいい、わるいの話ではない。

ただ、それにより物事が促進されている、
わたしはそういう印象で見ていた。

・・・・・・・・
もし、あなたが
「いきるとは」
「いのちとは」
そんな話をした事ない・聴いた事がないのなら。

そういう話ができる人の元で
とことん話を聴いてい欲しい。
命の現場と向き合う人達や、
身近な友人知人や、
自分の親・ご家族、大切な人と。

そして、体験者の意見を。

人の話をたくさん聞いて、
あなたの想いも
とことん感じて、話してほしい。

いのちとはなんぞ、
いきるとはなんぞ、
あなたが、どれだけ愛されてこの世に生を受けたのか、
今、あなたがそこにいる、それだけの事が
どれほどの奇跡なのか。

そして気づくだろう。
どこにも「正解はない」事に。

人の数ほど
経験、価値、想い、つまりは意見が違う。
他の人の意見は一参考にしかすぎず
どこにも正解はない。

だからこそ。
自分の選択に自信を持てばいい。
自分自身を信頼すればいい。

・・・・・・・

最後に。

「出生前検査」を受ける受けない、
この話はとてもデリケートな分野。

ただ、日本の実情、
知識・情報や、認知度・イメージなどの事、
その説明をする側の医療機関・スタッフの
在り方や土壌など、
察するにピンキリな部分もあるかと思う。
(受診・検査前後のメンタルケアはどこまでか)

つまりは、こころのケアに関して
フォローがどこまで整っているか、
施設機関にお任せできる部分、
自ら整えておく必要のある部分、
その見極めも必要かもしれない。


わたし自身に子どもはいないし
検査の体験者でもない。

元NICU・ICU看護師として
現場で経験した事・関わった人の話、
病院外で学んだ話、自分自身の生き様、
わたし自身の解釈、
そのつながりと情報。
それがわたしの語れる範囲です。


とにかく、ブログ記事はすべておすすめです。
シュタイナー教育等ご興味ある方も。

森へ行こう(心とからだと子育てと)
http://plaza.rakuten.co.jp/moriheikou/


「やりたい事が一番目」を実践のフリースクール
ご夫婦で園を経営されています。
オランダの教育・コーチングの講座等も。

◆たろうとゆりの子育てプチ百科
http://bec-coltd.xsrv.jp/lppage/daihyakka-daijyesuto

◆さつきやま 森のようちえんのブログ(大阪府池田市)
http://ameblo.jp/morino-youchien/


いのちと向き合い続ける助産師さんの話と
そこに集う方々のお話ができる機会。
定期的にお話会・勉強会など開催されています。

◆あゆみ助産院 HP(京都)
http://www.eonet.ne.jp/~ayumi55/about.html


やまびこ小児科クリニック
小児科医師「横地真樹」先生は
ヒプノセラピー・魂の話などができる方。
ワクチン講座なども行っておられます。

やまびこDr.診療日記(山梨甲府)
http://ameblo.jp/yamabiko-dr/