「いい子に育ってほしい」と願う親御さんへ。「いい子でいよう」と頑張ってきた方へ。

「いい子に育ってほしい。」

子どもはね。

「みんな いい子」。

大人が
「いい子に育てよう」

としなくても

初めから
みんな、いい子。

・・・・・

自分を母と選んでくれた、
自分の愛しい人の元に来てくれた、
それだけで、周りに喜びを与える。

十月十日かけて、
「いのち」と一体である喜びを与え、
「お母さん自身」が、自分を大切に
接する機会を与え。

せっかく自分の元に来てくれたのに、
どうしてもっと長く一緒に居られないの?

どうしてわたしを選んでくれないの?
わたしの何がダメなの!?

どうしてわたしを選んだの?
妊娠なんて望んでいなかったのに!

そこにはね、とても大切な
「メッセージ」
伝えに来てくれたんだ。

そして。

今か今かとみんなの期待と願いを
一斉に受け、
この世に降り立つ赤ちゃん。

無事に生まれてくれた。
それだけで誰しも感謝の気持ちに
満ち溢れる。

一人の女性を「母親」にし、
一人の男性を「父親」にする。
それだけではなく
「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」
「おじいちゃん」「おばあちゃん」
「おじさん」「おばさん」
・・・周囲の人々を成長させ、
さらに幸せを循環させてくれる。

ふわっふわのふにふにで、
ちっちゃいからだ。
ちっちゃいのに、軽いのに、重い。
そしてとっても温かい。
その抱き心地に、誰もが癒される。
にぱっ、と笑ってくれたら
それだけで周りも笑顔になってしまう。

わーんと泣くその泣き声でさえ、
大人をウズウズさせてしまう。

大人・高齢者の集まりの中に
一人でも赤ちゃん・幼子がいれば。、
途端に空気が明るくなり
みんな元気をもらえる。

時にはイライラし、
誰にも助けてと言えず苦行のような日々。
それでも、いつの日か大きくなり
その一緒にいた時間が
「宝物」だったと気付く日が来る。

この世に「いのち」あるだけで。
お空に還りいったとて。

与えてくれるものは数知れず。

ね。

みんな、いい子だよね。

・・・・・

「いい子に育ってほしい」
と願う親御さんへ。

「いい子にしよう」
と頑張らなくていい。

だって、すでに
「いい子」
なんだから。

「いい子に育ってほしい」

「優しい子に育ってほしい」

「立派な大人になってほしい」

「できないから
教えてあげないといけない」

子どもは、すでに天才。
すでに能力は持っている。
あらゆる可能性がある。

しかし。
時にそれが「うばう」結果と
なる事がある。

・・・
赤ちゃん子どもは
「できない」「わかっていない」

その根底があると、

大人は
「~~してあげよう」
と頑張りたくなる。
沢山与えてあげたくなる。

それはもちろん、愛ある故。

与えた分「うばうもの」とは何か。

子どもがチャレンジする機会、
子どもが失敗を経験する機会、
子どもが選ぶ機会。

そして、自尊心までも。

赤ちゃん・子どもにも
自分の意思がある。
好き嫌いがある。
得意不得意もある。

生まれたてゆえ、子どもゆえ。
からだは小さく、
人生の経験というものは少ない。
だからこそ、「今」できない事も
確かにある。

しかし。

純粋さ・柔軟さ、生命力、
本質の理解について、
こういう点では大人より明らかに
上回るわけで。

伝えたいのは

経験の多さ=「人としての尊厳がある・ない」
ではない、

という事。

・・・・

「いい子でいよう」
と頑張ってきた
「今の大人の人」へ。

あなたは「いい子」になろうと頑張らくていい。

だって、すでに「いい子」なんだから。

いい子、っていうのは

「誰かにとって都合のいい子」
ではないんだよ。

いい子でいたいよね。
大好きが人が喜んでくれるなら。
悲しむ顔見たくないから。
怒らせたくないから。

でね。
「いい子にしよう」
って思ってるという事は

「自分はいい子じゃないんだ」
「~~すればいい子なんだ」

という前提だと思ってきている。

気付いてほしい事がある。

大人はね、ついつい言っちゃうんだ。

「~~したらいい子」
「~~しない子はいけない子」

そう言われ続けてきたかも
しれないけれどね、

本当の意味であなたを
「いい子でない」なんて、
ちっとも思っていないという事。

ただね。

大切な人だからこそ、
失敗してほしくなかっただけなんだ。
もっとやってあげたかったんだ。
「見守る」のが怖くてできなかった
だけなんだ。
大切に想う気持ち、素直に表現するのが
得意ではなかったんだ。

・・・・・・・

大人の使う「いい子」って、どういう時?

聞き分けがいい、
騒がない、
服を汚さない、
食べ物を残さない、
失敗しない、
喧嘩しない、
先生に褒められる、

これって、いわゆる
「大人にとって都合のいい」
という意味。

いい子である「条件」って
何だろうね。

どうして「条件」が必要に
なってきたんだろうね。

うまれてくる時は
「無事に、元気でうまれてくれるだけでいい」
その願いだけでも十分だったはずなのに。

・・・

自分にとって大切な人には

いい人生を歩んでほしいよよね。
社会で苦労して欲しくないよね。
自分が苦労した経験を教えて、
未然に防げる失敗は防いであげたいよね。

それでも。

ちょっとした言葉の表現だったり、
「よかれ」と思っての事が
ちょっと手を出し過ぎていたり。

ほんのちょっとの掛け違い・誤解が、
自分の価値・人生の意味にまでも
影響を与えてしまう。

今、親である立場の方も、
かつて、子どもであった方も。

何気なく使う「いい子」の意味、
ちょっと振り返ってみる機会に。

※※

わたしには、子どもは居ない。
自分の経験からの「子育て論」
は語れない。

ただ。
ここに書く言葉は
わたしにとって机上の空論ではない。
自身が子どもだった経験・親との関係、
看護師として親子に関わり、
ママさん・子育て関連のセミナーなどで
出会う方々との関わり、
セッションを通じて・友人関係を通じて
生きづらさを感じている方との関わり、
たいわの学び、など

実際に触れて、きいて、感じて
確信した事を
「わたしが解釈した内容」として
表現しています。

・・・・・・

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