「たいわ」の方法、教えます。具体例から、たいわを説明。

わたしは「たいわ士」

「たいわ士」とは。

わたしの役割は、
あなたのからだとこころの通訳さん。

詳細はこちら。

http://namonaki.net/page-90/page-8/

「たいわ士」をすでにご存じの方は、
「たいわ→胎話」に興味がある方が多いかも。

「胎児」小さなお子さん・赤ちゃん、
お腹の中・お空に還った子の
通訳さん。

わたしの場合は
その「胎話」はやっていません。
(でも、その子達にちゃんと意思があって
「わかっている」ってのは伝えています)

傍からみて期待しちゃうすん~~ごい事は、
まったくしていません。

「たいわ士」といっても、
実は個々それぞれ
得意分野が違います。

根本は、みんな同じ。
その方々個人の経験や得意分野によって
アプローチ方法が違うだけ。

・・・・・

わたしの伝える「たいわ」とは。

いわゆるね、「普通の事」。
日常、誰しもすでにやっていること。

でも、その「普通」がね~・・・。
(*´з`)

たいわの説明をするとね、きっと

「わかっちゃいるんですけどね~」

そういう言葉が出る人もいるかも。

つまり。
そういう人のためにやってます。

(´・ω・`)

・・・・・

からだと、
こころと、
あたまから、

それぞれの声があって、

且つ、つながっている。

感覚、感性、思考といえばいいかな。

たとえば。

お腹空いてなくても、
おいしそうな写真見てお腹空くとか、

切ない恋愛ドラマのシーンを観て
胸がキュッとなるとか。

レモン見たら酸っぱい口になって唾液でるとか。

ね。あなたにとって、普通の事でしょ。

しかし。これはそれぞれ違う「声」があり、
そしてつながりがあるからこそ、反応すること。

・・・・・

生きていくとうのは、常に選択の連続。
この絶妙なバランスによって、
その時々で何を選択するかも変わってくる。

たとえば。

①「今日はいい天気だ」

からだが元気な時。
心に余裕がある時。
→せっかくだしお出かけしよう。

②「今日はいい天気だ。」

からだがおつかれな時。
こころに余裕がない時。
→でも疲れているからゆっくりしよう。

③「今日はいい天気だ」

からだはおつかれ。
こころにも余裕がない。
それに気付いている時。
→「最近、詰め込みすぎだな。
ちょっとお出かけしよう」

つまり、出来事は出来事。

何を選ぶか、その時の自分次第。
色んなバランスの中で、自分にとって
必要なものを選択している。

・・・・・

からだの声、こころの声、からだの声
とは?

たとえば。

・妊娠してからやたら〇〇を食べるようになった
→からだの声(赤ちゃんからの指令も)

・おいしそうな写真を見た途端お腹空いた
→あたまの声

・なんとなく暇・さみしい。食べてる時だけ安心。
→こころの声

・寝起きは食欲がない。でも朝ご飯は体のために必要。
→あたまの声。刷り込み・思い込み含む。

・お腹空いてない。でも残すのは悪いし・・・。
→あたまの声。損得勘定・罪悪感などなど

ざっくり言うとこんなカンジ。

・・・・・

さて。

わたしは「たいわ士」だが。

いつもいつも、からだの声を聴いて
健康的なものを食べて、
規則正しい生活をしているかというと。

まったくもって、そうではない。
からだの声を優先する時もあれば、
かららの声よりも優先してバランスを
取りたいときがある。

ただ。
いままでとは違うのは、

「無自覚のスルー」ではない、という事。

そのうえで、自分が何をチョイスするか
という話。

・・・・・

東 舞香の「自分とのたいわ」の例。

実例①

旅行で土産屋巡り。おいしそうなのいっぱい。
お腹は空いてない。
みんなで、何か食べようという話に。

→食べ物を見た瞬間、胃が「ちくっ」する。

→からだからのNGサイン。

→えー。でもせっかくだし、食べたいんだけど。

→もう一度食べ物を見る。

→さっきより胃がきりきりする。

→ですよね(涙)やめときます。

実例②

わたし、どうしたらいいの!?
わたしはどうしたいの??
なんで!どーしてわからないの!?
わからない!わからない!
このままで大丈夫なの!?

→手を胸に当て、夜空を見上げながら
問いかける。

→ただただ、泣く。
なぜ泣いているか、理由はわからない。
からだは打ち震えている。むせび泣く。

→メッセージが降りてくるとか
うんともすんともない。
理由はわからない。
からだはひたすら震えながら泣いている。
(からだが反応)

→ああ、そっか。悔しいんだな、わたし。
ああ、さみしいんだな、わたし。
そんな気がする。
(気持ちに気付く・感じる)

→ひたすら泣いて気付いて、すっきり。
(からだ、こころ、たましいの声)

→なんだ、このままでいいんだ。
(すべてを頭で認識)

実例③

家で一人。
さほどお腹は空いてない。
食べてもいいけど、食べなくてもいい。
何か食べ物が気になって
ずっと冷蔵庫を開けたり閉めたり。

→お腹は、さほど空いてない。
無理して食べなくてもいいはず。
(からだの声と、頭での分析)

→食べものがあると知っている。
お腹空いてないのに、食べたい。
あぁ、これは、なんかさみしいからか。
(こころの声を頭で分析)

→本当はお腹空いてないんだから、
お散歩行くとか風呂入るとか、
今すぐなにか気分転換すればいい。
(頭でからだの声と心の声を分析し
折り合いを付けようとしている)

→それはわかってるが、したくない。
「そんなんで、ごまかしたくない。」
(こころの声)

→そっか。せやせや。
さみしいもんね。
でも今食べたら、満足するもんね。
→からださん、そんないらないのは
わかってるけど、おいしくいただくから
食べるね。

→潔くおいしくいただく。

→満足満足。

(わたしの場合、よくあるダイエットの
アドバイスである、「お腹空いたら
歯磨きする」とか、色々やってみたが、
結局は自分にとって「ごまかし」のひとつ
でしかなく、
1~2回ごまかしたところで、
またふと思い出して、「食べたい」との
葛藤になり続けるのであります。

・・・・・

つまり、わたしの場合。

「声」と表現するが、

「もしもし。」「はいはい」
そんな直接言語的な会話ではない。

そんな気がする、
そんな気がしなくてもからだが反応する、

それこそが、声。

・・・・・

「生きづらい」と感じる理由のひとつ。

生き方そのものが「思考優位」に
なっている時。

たとえば。

からだは 食欲がない・お腹いっぱい、と訴え、

こころは 辛い・食べたくない、 と嘆き

頭からは
「しかし、〇〇さんがせっかく・・・」
「でも、体のためには食べないと・・」

そうなったら、もはやパワーゲームとなる。
思考はなかなか強いんである。

教育の刷り込みや過去の経験など、
様々な情報を照らし合わせ、
損得・安全を重視する面があるから。
いわば、それが得意分野。
生きていくにあたり、身を護るのも大切。

からだとこころが少々音をあげたって、
思考が上手に手綱を握っている。

それでも少しずつ、からだとこころのバランス
がとれなくなっていくと、
もはや、そのバランスが崩れている事にすら
気付かなくなる。
その頭の声がすべてだと思い込む。

そうやって、自分の体の感覚とか、
感じる心とか、
鈍くなっていたり眠っていたりする。

からだが、感じる事を諦めていく。
こころが、感じる事を諦めていく。

それは、「自分を守るため。」

・・・・・

人というのは、個々それぞれ、タイプがある。

いわゆる
感覚派(右脳タイプ・女性脳タイプ)とか
論理派(左脳タイプ・男性脳タイプ)とか、

他にもいろんな性格・特性分けができる。

たとえば。

「考えるな・感じろ!」
そう言われたって、
それが苦手な場合もある。

「ちゃんと説明して!」
そう言われても、
自分の感覚を表現するのが苦手な人がいる。

時には会話が成り立たないと感じる
人種がいて、

時には自分にないものだからこそ
魅力的だったり、最強ペアになる事も
あるんだけど。

がっつり感覚派の人がね、思考タイプに
伝えるには、

「感じるしかない」

としか、説明ができなかったりする。

思考タイプは、
「それがわからないから、どうやったいいか
どんな感覚になるか説明してくれ」

ってなる。

「感じたいのに分からない!」

そういう人は、
ごく基本的な「五感」を大切にしていない。

視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚

どこか、特別な練習や、場所に行かないと
できないと思い込んでいる場合もある。

そうではない。

もちろん、得意不得意はある。
からだ的に無理な事もある。
しかし、その分、他がカバーしてくれる。

・・・

わたし自身
「思考タイプ」とか、
「感覚派なのに、思考で抑えている」
そんな事を言われ続けてきた。

だからこそ、
「感じる事が苦手」なのもわかるし、
「答えは、もう感じるしかない。」

その両方の意味がわかる。

「感じる」とは何か、
それを説明と施術で両方伝えていける。

・・・・・

【東 舞香のたいわの練習方法】

たとえば。

恋愛ドラマのすったもんだのシーンを観て
自分の「胸がきゅっ」となる感覚。
あるでしょ?

簡単に言うと、あれは「Yes」「No」のサイン。

好きな人がいたとして。

「わたしはあの人にふさわしくない。」
「連絡先消さなきゃ・・・」

なんて「頭の中で」考えている時、
一瞬「胸がきゅっ」となる。

それ、答えは「No」。

つまりは
そんな事、全然思ってない。

一緒に居たい、だからその反対をイメージすると
切なくなるわけで。
そして、からだがちゃんと「きゅっと」なって
教えてくれている。

そのキュッとなった自分を「これではダメだ」
そう抑えるのは「思考」

思考は、なるべく損をしないように・安全であるように、
そんな配慮でたくさんシュミレーションしてくれる。
だから思考はあの手この手で止めようとするわけ。

「わたしが身を引けばあの人は幸せに・・・」
「わたしなんてふさわしくない・・・・」
「このままだらだらと過ごすのは時間の無駄」

でもね。
そうやって数々浮かんでくる思考であれも、
まずは自分がとことん「感じる」と、
それが本音なのかどうか、ちゃんと見えてくる。

胸が「きゅっと」なるサインの時、
頭の声は「かっこつけたよそ行き」の声。
つまり、本音じゃない。

・・・と、こんな感じで、

まずは
「自分で自分に話かける。」

できれば声を出して、普通に話かけてみてほしい。
もちろん、こころの中でもいい。

東さん、という1人の人に話しかけるもよし、
時には「胃さん、調子はどう?」臓器別でもいい。

また、話し相手として自分でなく、
お空や、植物とかに相談してみてもいいかも。

そうすると、必ずサインを出してくれる。

またね。

うんともすんとも無反応事すら、ひとつの返事。

自分が散々意地悪して知らんふりして、
急に「ごめんね?」と言ったところで、

「そんなの信用なるか」
「しらんがなー」

そんな時、スルーするでしょ?

だから、それも一つの反応。

相手からスルーされたと受け取ったら。
あなたはどう行動する?って事。

ここでお互い無視を決め込んだら
それこそ仲直りできないよね、
という話。

・・・・・

「自分を生きている人」というのは

生き生きとパワフル。

タイトスケジュール、
半端ない仕事量、
なのにスピーディ、
行動範囲も広い、

睡眠時間とれてるの?休んでいるの?
傍からみるとそう心配になるほど。

しかし。
こういう人はちっとも「無理」をしていない。

自分がやりたい事・やると決めた事って、
自然と集中できる。
だから、気が付いたら夜中までやってたり、
もしくは短時間でパパッと詰め込んだり。

かといって、余白がないわけではない。
余白すら、自分のために使う。
ちょっとした移動時間を睡眠にするとか、
ちょっとした空き時間に作業をするとか。

・・・・・・

「自分を生きている人」というのは。

自分のこころに・からだに、
そして、たましいに

正直に生きている、ということ。

そこが一致すると。

からだはしっかりついてきてくれる。
こころがバランスをとってくれる。
あたまは、適切な指示を出してくれる。

「からだの声なんて聴けないし」

そう諦めていた人へ。

何かのきっかけになれば。