「〇日抜きました!断食成功しました!これから回復食です!」という方に物申す。

「〇日抜きました!断食成功しました!これから回復食です!」という方に物申す。

( ・ω・ )

・断食終わりました!成功しましたってぇのは、
回復食期含めてなのである!
・本気の治療目的でなければ1~3日も抜けば十分なのだ!。
・抜いた期間が長いほど、回復食は慎重に!あなどるな!
・1日3日抜けたら、1週間抜くなんて実は簡単なのだ!
つまりはそこは自慢ポイントではないのである!
・そもそも、「食事を抜く事」が目的になっていないか、確認を!
(〇日抜いたわたしすごい。次はもっと長く食べないでいる、みたいな、絶食記録を伸ばすためになっていないか)
・断食がなぜいいのか、証明するのは、その後のあなたの気付きや変化なのである!
・・・・・・
断食中のからだの変化はさまざま。
ちょっとしんどくなる人もいれば、
全く不調がなく、より元気になる人も。
(わたし自身、一回目、二回目、三回目・・・やる期間やそれまでの体調によって、さまざまでした)

3日くらい食べなくて元気だと、このままいつまでも食べなくていいんじゃね?
と思うくらいの感覚になるわけで。
ただ、その感覚でいっちゃうと、ついもっと記録伸ばしたくもなっちゃ時があるのですが、
そもそも、食事を摂る意味とは。
食事を抜くという行為は、いわば、食べ続けない=死 に向かう行為でもあるわけです。
基本、生きいくうえで、「食べる事」は必須なのです。
(よほどの体質でない限り、いつかは食事が必要)

それなのに、なぜ現代人は「抜く」事が必要なのか?
つまりはそこからの話なのです。

断食中の魅力は、
からだとこころの変化を、刻々と体感できる。
そして、日々の思い込みに気付く。
少々食べなくても死なないんだ、むしろ元気なんだ、日常いかに食べ過ぎなのか。
その体感と気付きをもってしての、回復食。
からだもこころもすっきりし、鈍くなっていた五感がとりもどされた状態で、重湯ひとくちを口にすると。
からだに「染みわたる」「力がみなぎる」という感覚、この言葉の意味が、わかるのです。
「丁寧にゆっくりたべないといけない」そんな事すら誰かに言われなくても、
自然大切に、とても丁寧に行えるのです。
そこも含めてからだとこころで体感できることが、
断食を通して体感できる面白い部分なのです。
その体感を体がおぼえていると、日常でも気を付けたり、調整してそこに戻そうとできるという話。
なので!!
回復食抜きにして、断食の成功は語れないのです。
つまり、おうちに帰るまでが遠足という話。
以上。
まぁ、わたくしめは、断食明けソッコーお菓子食べまくった事もあるし、
今となってはそれもすべて、いい経験(ネタ)なのであります。
(*‘∀‘)成功・失敗関わらずとも、すべて経験!